2010年01月11日

北インド、ネパール旅行記・・だいたい完成してきたかな?

<前半と後半に分けて読む場合・・・ただし逆順>

北インド・ネパール旅行記前半
北インド・ネパール旅行記後半


<旅行日別・・・ただし同じ日の中で逆順>

2009年12月
25日 富山→りんくうタウン、関空
26日 関空→ニューデリー
27日 ニューデリー→カトマンズ
28日 エベレスト、マウンテンフライト、カトマンズ市内観光
29日 ボダナート観光、カトマンズ→デリー→アーグラ
30日 タージ・マハル、アーグラ城郭見学、アーグラ→ベナレス
31日 ガンジス川で沐浴見学、ベナレス市内観光、夜行列車泊

2010年1月
1日 ニューデリー着&観光、動物たち、機中泊
2日 関空着、関空→富山

<逆順がいやな場合は、最初の記事から順に読む方法があります>

 最初の記事:なぜインド?

*************************

<旅行記完成までの進行状況>

・画像や動画をほぼ貼り付け終わりました。画像数は200ちょっとです。
・長い記事の分割もほぼ終わりました。記事数は40ちょっとです。

・統計情報や環境問題などについてまだ書き残しがあります。
・誤字があれば教えてください。チェックはまだ甘いです。

*****************

<私がこの旅行で強く実感したこと>

インドは強烈なカルチャーショックを受けることができる国でした。
今回はなかなか濃密な旅になりました。

強く実感できたのは、日本とずいぶん文化や生活習慣などが違う人たちがヒンドゥー教で結ばれ、巨大社会を作って今現在、生きているということです。インドだけで人口12億人。人口パワー!!

india_pop.jpg

↑縦軸は人口、横軸は年度 
〔出 典〕UN, World Population Prospects: The 2006 Revision
(URL: http://esa.un.org/unpp/


その社会には「地球上の第3社会」といった表現がぴったりくるような気がしました。

世界全体でヒンドゥー教徒は、キリスト教徒、イスラム教徒に次ぐ第3位の信者数となっています。そのため「第3」という言葉がぴったりくるかな?と思ったからです。

彼らは割と日本に近い所にいます。日本とインドの時差はわずか3時間半です。インドは日本と同じアジアの国なのです。

***************

<資源・環境問題について>

インドの人たちは経済成長の波に乗って生活のしかたを変えてきていますが、その分資源・環境問題に直面しています。

・汚染がひどいガンジス川をきれいにしようとするプロジェクトが現地新聞で報道されていました。聖なる川のバクテリア数は恐ろしく多いのです。
・地球温暖化によりヒマラヤ山脈の氷河がとけてきています。これは下流に住む南アジアの住民に深刻な被害を与える可能性があります。
・記事にも書いたように、都市部や幹線道路沿いの大気汚染がひどいです。
・12億の人たちの生活水準が上がれば、大量の資源、エネルギー源、食料が必要になってきます。将来人口世界一になるのは確実とされているこの国の将来を見守っていく必要があるのではないでしょうか。

****************

<おわび>

・一気に文を書いているので、中学生のみなさんには少し難しい表現になっているかもしれません。でも写真や動画を見ても楽しむことができると思います。

・光通信が普及してきていることを考え、画像サイズを大きくしています。回線速度によってはページを開くのが大変かもしれません。

****************

お世話になったツアー会社さん

エス・ティー・ワールド
United Trvel Service
posted by ごっしー at 20:56| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

日本は環境先進国だった。ゴミが無い!!空気がきれい!!でも寒い!!


予定していた列車で海上橋を渡り、関空から出ます。


P1060554_.jpg
↑日本の駅のホームは上も下もとてもきれいに感じます。
ゴミが全く落ちていない。
(新大阪駅にて)
インドのホームでは、子供におしっこさせていましたが。
う〜ん、日本ではないなー。



↑富山に戻ると最近デビューした路面電車、セントラムが走っていました。
雪が積もっています。私達が留守にしていた年末年始に雪が降ったそうです。あっちでは菜の花が咲いていたよ。暖かい国から戻ってきたので、とても寒く感じます。

DSC01595.jpg
↑おみやげにデリーの空港で買ってきたカレーペースト。
Kitchens of India製)
自分でも食べてみる。かなり辛くて本場の味。
食べるときに汗が出てきました。スパイスには発汗作用があるそうです。
上着を脱いで、夏服の状態で食べました。帰国後は寒がりだったのに、このときは体がホットになりました。
posted by ごっしー at 22:00| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デリー→関空、帰国便 空撮付き

DSC01558_.jpg
デリー、インディラ・ガンジー空港内で見つけた礼拝室。
インドは中東にも近いので、イスラム教徒さんが空港を利用するのでしょう。まあインド国内にも13%のイスラム教徒がいますが。
イスラム教徒さんは、一日に五回メッカに向かってお祈りしなければならないので。
中の部屋に入りましたが、下にじゅうたんである以外、何もなかったです。

DSC01564__exposure.jpg
↑真夜中の機内食。この旅で最後のカレー味。
本場インドのカレーは、かなり辛かったです。でも香辛料の味が複雑にからみあっていておいしかったです。

デリー→関空の帰りの飛行機、窓側席でした。
飛行機は日本の上空に。

india7.jpg
↑明石海峡大橋です。見えにくいなぁ。

india9.jpg
↑神戸市です。造船所を手がかりにハーバーランドを探す。

旋回して北方向から関西国際空港へ

india10.jpg
↑関空の海上連絡橋が見えてきた。逆光に輝く海面が素敵。

india11.jpg
↑間もなくタッチダウン。

P1060537.jpg
↑無事日本に着きました。インド航空さん、ありがとう。

DSC01567_.jpg
↑私たちが乗った便は6分遅れで到着していました。
上出来です。インドの鉄道で6時間遅れを経験しているので・・・。

posted by ごっしー at 10:55| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

人と動物が和しているヒンドゥー教世界

人と動物が共に暮らしているという感じがしました。

これらの風景に見慣れると、動物が少ない日本の風景の方が不自然に思えてくるので不思議。

*******************



↑ヒンドゥー教で牛は神様です。野良牛です。のんびりしていますね。
 鳩もいっぱい。
(カトマンズ、ダルバール広場にて)

DSC01500__.jpg
↑交差点の中央にずっといる牛さん。よけるのは牛でなく車の方。
インドでは憲法で牛を殺すことは禁じられています。車ではねようものなら・・・・。
(ベナレスにて)

P1060050.jpg

↑働いている牛さん
(アグーラにて)


↑その動画


↑悠々と一般道を歩く野良牛さん
インドでは牛と水牛を合わせると4億頭もいるらしい。
日本の人口軽く突破。ものすごい数です。

(ベナレスにて)

P1060189_.jpg
↑道路にたたずむ野良牛さん。どの牛も落ち着いた優しそうな表情をしています。
この国では人から優しくしてもらっているからかな?
(ベナレスにて)



↑駅のホームに野良牛さん・・・・・すごい存在感!!
(ベナレス・ジャンクション駅にて)





↑朝の街の風景です。ヤギさんがいる。
(ベナレスにて)


P1060286.jpg
↑農家と牛さん。乾かされた牛のフンは燃料になります。

石油もガスも必要ないわけでエコな燃料です。
見つけるたびに、「ふ〜ん」とつぶやいていました。

(ベナレス→ニューデリー間、寝台特急の車窓より)


DSC00995.jpg
↑お猿さんも神様
(カトマンズ、スワヤンプナート=別名モンキーテンプルにて)




↑観光客の間を走るお猿さん
 ベナレスジャンクション駅のプラットホームの屋根にもいて、上り下りしていました。
(カトマンズ、スワヤンプナートにて)


↑夜道を歩く象さん
(ニューデリー、宿泊したホテル近くにて)


P1060119_.jpg
↑象さん、近づくと見物料を取られてしまうらしい。
(ベナレスにて)



DSC01251.jpg
↑ラクダさん
(アーグラ、タージ・マハル近くにて)


↑馬に乗っているチベットの兵隊さん
(カトマンドゥ〜パタンにて)

DSC01346_.jpg
↑リスさん
(アーグラ、アーグラ城内にて)

↑食べるリスさんと走るリスさん
(ニューデリー、ラージ・ガートにて)
posted by ごっしー at 20:06| 富山 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イスラム王朝の空気を感ずる・・・・デリーの世界遺産

ガイドさんが体調不良のためにダウン。
幸か不幸か半自由行動になったので、じっくりと写真を撮ることができました。


まずは世界遺産、フマーユーン廟です。ムガール帝国2代皇帝フマーユーンのために奥さん(王妃)が造りました。

P1060484_.jpg
↑門から入場。
タージ・マハルの手本にもなったそうです。
なるほど似ている。

P1060494.jpg
↑イスラム建築は、左右対称の構図でも絵になるものが多い。

P1060507_.jpg
↑やはりイスラム建築では模様がきれい。

P1060508.jpg
↑影まできれい。

P1060517.jpg
↑こう撮ると南国っぽく見えます。
旅行中は最低気温5℃で結構寒かったんですが、夏になると摂氏40℃にもなる酷暑の地です。

P1060521_.jpg
↑アットホームな感じがして好きな写真です。
 インド人家庭は互いにきずなが深いように思いました。

P1060482_.jpg
↑庭にあったトックリヤシです。南国ですね。

**********************


DSC01548.jpg
↑最後に世界遺産、クトゥブ・ミナールです。
高さは72.5mで、インドで最も高い塔だそうです。
12世紀にデリーに侵攻したアイバクが建てました。インド最初のイスラム王朝を築いたのがこのアイバクだそうです。

DSC01542_.jpg
↑こう撮るとロケットのような感じ。直線と曲線が不思議に融合。

P1060457_.jpg
↑途中見た道路標識
タージ・マハルを造ったシャージャハンやアーグラ城を造ったアクバルの名前が道路名になっています。ムガール帝国の皇帝名が道路になっているわけで、日本だと家康通り、家光通りのような感じでしょうか。
posted by ごっしー at 19:00| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インド独立への道

P1060460_.jpg
↑次はニューデリーのシンボル、インド門です。元日のためか、人でいっぱい。お祭りのよう。

P1060474_.jpg
↑インド門、裏側

第一次世界大戦で戦死した兵士(約8万5千人)を追悼するため、イギリスにより造られました。門にはインド兵の名前が刻まれています。

イギリスのために兵を出せばインドの独立を認めるという約束があり、インド兵はよく戦いました。死者も多くでました。しかし約束は守られませんでした。

P1060466_.jpg
↑インド門上部
修繕中の人が写っています。かなり高所の作業。怖くないのかな。


*********************

P1060449_.jpg
↑次はラージ・ガートです。
マハトマ・ガンジーの火葬が行われた場所が公園になっています。ヒンドゥー教では灰を川に流すのでお墓はありません。
なかなか広い公園です。公害が結構ひどいデリーのみなさんの憩いの場になっていました。リスなどもいました。

マハトマ・ガンジーは、インドの独立運動に尽力した偉人です。
非暴力・不服従の姿勢でイギリスと戦いました。
インド独立後は、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の融和を願い、断食をするなどしてインド国民に訴えかけました。

ガンジーについては、アカデミー賞受賞の映画作品があります。
俳優さんがガンジー本人にとてもよく似ています。

ガンジー コレクターズ・エディション [DVD]
ガンジー コレクターズ・エディション [DVD]
おすすめ平均
starsマハトマの軌跡。
stars映画に込められたガンジーの「魂」
stars世界的偉人を知るためのきっかけとして
stars見た後にたくさん「考えさせられる」映画です
stars一気に見てしまいました

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


posted by ごっしー at 14:40| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ニューデリー駅前でせっせと働く人々

P1060435_.jpg
↑駅正面です。日本で言えば東京駅正面ってところでしょうか。
ここは、タクシーやオートリキシャーの運転手に観光客がだまされてしまう有名な場所です。詳しくはこちらの本などで。

インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも (アルファポリス文庫)インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも (アルファポリス文庫)

アルファポリス 2009-07-24
売り上げランキング : 7250
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools




↑同じく駅前の様子(動画)


P1060439_.jpg
↑「乗っていかない?」と私たちを誘ったけれど、「ノーサンキュー」と断られてちょっとがっかりしている人力タクシー(サイクルリキシャー)のおじさん。

P1060443_.jpg
↑黙々と荷物運びをしているポーターさん。
私たちはチップ代節約のために自分で荷物を運びましたが、駅の階段でスーツケースのキャスターをガンとぶつけ壊してしまいました。
スーツケース転がせなくなったよ〜。

P1060442_.jpg
↑それにしてもここまで多く持ってしまうとは職人芸ですね。
posted by ごっしー at 12:00| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベナレス→デリー 驚きの6時間15分遅れの特急。でも車窓を楽しめた。

ベナレス→デリー間の移動

特急Poorva Expressに乗車しました。

カルカッタから乗ってきたインド人ご夫婦に折り鶴をプレゼントすると、とても喜んでもらえました。片言英語でコミュニケーション。
インドは気に入りましたか?インドに永住する気はありませんか?
などと聞かれました。
2等寝台車内は客層がよく、防犯上心配が少なく安心して眠ることができました。

P1060273_.jpg
↑一夜明けて、今日も朝は霧。


↑列車は霧の中を走る。

車内清掃の人はデッキのゴミ箱のゴミを回収・・・・と思いきや、それらのゴミを列車外にパーッと投げ捨てました。日本では考えられません。
プラスチックは土に返らないんだけどなぁ。


↑確かに線路はゴミだらけだぁ〜!!

P1060277_.jpg
↑そこで資源回収する人登場。ペットボトルと銀紙を拾っていました。


P1060280.jpg

↑ずーっとずーっと農地が続きます。やはりインドは農民が多い国なんだね。ニューデリーと違って車・バイクより自転車が圧倒的に多い。

比較的豊かとされるここウッター・プラデシュ州であっても・・・

◎州の耐久財所持(家庭)率
 ・自転車69.5% 
 ・バイク10.4%
 ・自動車 2.2%
 
(インド2001年国勢調査より)


P1060278_.jpg
↑菜の花が満開! おかしいな、今日は1月1日なんだけど。

P1060255__.jpg
↑手前で造っているのは冬小麦?

wheat_prod.jpg
 データ:FAO 2007 http://faostat.fao.org/site/339/default.aspx
↑インドの小麦生産量は、中国に次いで世界第2位です。

小麦は主食のナーンやチャパティに使われます。また、パンや菓子類(ビスケット)にも使われます。

P1060162_.jpg
↑ナーン(naan)・・・富山弁みたいだなぁ。

インドでは国全体の経済発展により小麦の国内消費量が増えてきています。そのため、年によってインドは小麦の不足分を他国から輸入しているそうです。


↑小麦?畑が続く風景





↑ポットを持って盛んに車両間を往復しているお茶屋さん

P1060318.jpg
↑お茶屋さんからチャイを買いました。
チャイは砂糖とショウガが入っているとてもおいしい飲み物です。
ガイドさんは盛んに飲んでいました。
日本でも作れるなきっと。
飲むのちょうどいい温かさ。どこで加熱しているんだろう。



↑ここはヒンドスタン平原。
途中、全く山やトンネル無し。何百キロの平地が続きます。恐るべし広さ。
ガンジス川が造った沖積平野です。
ヒマラヤ山脈から豊かな水が流れてきており、豊かな農地がずっと続いています。


P1060264_.jpg
↑おかしいな、夜行列車でもうニューデリーに着いている時刻なんだが・・・・・・昼の風景を長く楽しめる。
風に当たると気分は爽快。列車遅れは結果オーライ!

P1060357_.jpg
↑農耕用に牛が飼われています。


↑その牛たちの動画

P1060381_.jpg
↑牛のふんを乾かして作った牛糞燃料がたくさん目に入ります。
ふ〜ん。汚いなぁ。でもよく燃えるそうです。
農家にとっては無駄に石油やガスを使わなくてすむので実にエコ(省エネ、省資源)な生活をしていることになります。

◎この州のデータ 調理の熱源に何を使っているか?

 ・まき    44.3%
 ・牛ふん燃料 27.3% ←
 ・穀物の残り 13.7% 
 ・LPガス  11.3%
 
(インド2001年国勢調査より)

P1060412_.jpg
↑首都に近づいてくると住宅も増える。
カトマンドゥ同様に屋上を有効活用していますね。


↑それら住宅の動画

P1060401_.jpg
↑さりげに衛星放送のアンテナを付けている。

◎州の耐久財所持(家庭)率

 ・ラジオ 39.6%
 ・テレビ 25.6% ←
 ・電話   5.6%
 
(インド2001年国勢調査より)

P1060414_.jpg
↑隣席のインド人ご夫婦は下車してしまいました。
終点、ニューデリー近し。私たちも荷物をまとめて降りる準備です。

**************************

さて、乗った列車の実際の運行状況ですが・・・・
ベナレス・ジャンクション駅19時30分発(44分遅れ)
翌日、お昼過ぎの13時35分ニューデリー駅着(6時間15分遅れ

乗車時間18時間5分(予定より6時間1分長く乗車)
平均の速さは時速41km
でした。

日本の新幹線の約5分の1の速さで走ったことになります。
でも窓から見える風景がおもしろく、飽きることはありませんでした。

飛行機での移動も便利なのですが、鉄道旅行には独特の味わいがあってよかったです。



********************

参考:インド北部鉄道公式サイト
posted by ごっしー at 11:26| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

困っている人に優しい細やかな運賃体系

<ベナレス・ジャンクション駅からニューデリー駅まで>

大きな地図で見る
約769kmの乗車です。
これは東京駅から新倉敷駅ぐらいまでの距離です。日本の新幹線なら3時間30分ほど(料金17060円)で着きます。(平均の速さを計算すると時速217km)


↑乗った列車はこれ。列車番号は2381
ハウラー・ニューデリー間特急
Poorva Expressです。


定刻なら
18時46分ベナレス・ジャンクション駅発
翌朝7時20分ニューデリー駅着
になるはず。目的地に朝着く夜行列車ですね。

乗車時間12時間4分
平均の速さは時速62kmとなるはずです。

**************************

<等級別運賃について>

私たちが乗った2等エアコン車で料金は1103ルピー=約2240円です。
これも寝台車と考えれば日本円では格安です。

ちなみにこの特急で同区間の運賃を調べてみると・・・

1等エアコン車(鍵付きコンパートメント、洗面台、カーペット付き)
  →1849ルピー
2等エアコン車(廊下との間のカーテン付き、2段寝台) 
  →1103ルピー
3等エアコン車 (3段寝台)  
  →812ルピー
スリーパークラス(毛布&枕&シーツ&エアコン無し、寝袋など持ち込む)
  →308ルピー

となっていました。1等とスリーパークラスでは6倍もの価格差があります。これはインド社会に根を下ろしているカースト制度が影響しているからだと思います。

******************

<運賃割引について>

ちなみにガン患者、腎臓病・心臓病患者、ハンディキャップがある人、戦争による未亡人はさらに大きく割引されます。
 →スリーパークラスで、122ルピーになります。

60歳以上の高齢者、国内外で活躍しているスポーツ選手、サーカス団員、ポロのチーム員、プロの芸術家、受験旅行者も割引されます。

医師、看護婦、教師も少ない割合ですが割引になります。

引退した鉄道職員(70歳以上)は運賃が全く無料になるのは驚きでした。

〜 病気になっている人の運賃が安くなるシステムは素晴らしいと思いました。 〜

posted by ごっしー at 23:23| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インドの常識はなかなか刺激的 〜 ベナレスの駅 〜

ベナレス・ジャンクション駅のホームで夜行列車が来るのを待ちます。



↑駅のホームに野良犬さん・・・は、まだ許せるとして・・・


↑駅のホームに野良牛さん・・・・・は、どんなものでしょう!?
悠々と歩いていきました。(大爆笑)

**************

ほどなく果物売りのインド人さん登場。頭の上に果物満載の皿、手に筒をもっている。
日本人観光客ならフルーツを買ってくれるのでは?と思ったのか、
私たちの目の前に筒を置き、果物皿をその上に置く。あっという間に店舗完成。

DSC01520__.jpg
↑「果物を買ってくれないかなー」と、さりげに待っているインド人さん。黙って横を向いているけど、果物台はしっかり私たちの真ん前、真正面でしょ。(笑) ごめんね、買わないよ。
移動式のお店もすごい!!(笑)

DSC01518_1024.jpg
↑とはいってもガイドさんが気を利かせて「グアバ」を買ってくれました。ガイドさんは、食べ終わったグアバの芯をポーンと線路に投げ捨てます。これがインドの常識!?
私は線路に捨てることができませんでした。後で列車内のゴミ箱に捨てることになるのですが・・・・





↑駅で停電!!


↑停電復旧後

お猿さんが駅の柱を上り下りする。
ネズミさんが走る。
何かくれないかとおねだりしようとするやんちゃっ子グループが登場する。
「あのー、そこのお父さん。自分の子供を抱きかかえてホーム上からおしっこさせるのはやめてください。」(笑)

こんな感じで、とにかくいろいろあり。
列車の待ち時間、飽きることはありませんでした。

しかもお約束で、やはり列車は来るのが遅れました。44分遅れ。(笑)

う〜ん。全部ひっくるめてインドの駅の常識・・・・なかなか強烈。
posted by ごっしー at 23:17| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ホテルのロビーに煙攻撃!! 攻撃されたのは・・・

P1060153.jpg
↑この日泊まった部屋です。

DSC01506_.jpg
↑突然ホテルのロビーに煙が外から侵入!!
新種のテロ攻撃か?

後で蚊(か)の消毒だと伝えられました。消毒前に説明がほしかったです。

攻撃されたのは、「蚊」でした。

冬に蚊の消毒!?
考えてみたのですが、これはマラリア予防のためかも。

マラリアは高熱が出るやっかいな病気です。
蚊の一種、ハマダラカがマラリア原虫を運ぶのです。

Anopheles_gambiae_mosquito_feeding_1354_p_lores.jpg
Image: public domain

これに刺されたらアウト!!ワクチンは無いので刺されることを防ぐしかない!!

まあ、今は冬なので比較的安全だと思うのですが、昼は日本の4月ぐらいの気温まで上がります。大丈夫かな?

一応旅行中、蚊は見ませんでした。この消毒は蚊の幼虫=ボウフラ退治なのかな?

DSC01508_.jpg
↑隣の建物も消毒されていました。


↑その動画。煙がもくもく。

posted by ごっしー at 19:26| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インドでは、パジャマで外出する。しかも正装。

親切にしてくださったガイドさんのお友達の店。ここでパジャマを買わないか?と言われました。
クルタ・パジャマというそうです。

DSC01609.jpg
↑これ着て本当に寝るんですか?
ざっくり着るカジュアルウェアみたい感じ。室内着として安いものを買いました。

店員さんが言うには、パジャマといっても、現地の人はこれを着て外を歩くそうです。しかも正装としてもOKだそうです。

パジャマで外出???、正装(フォーマルウェア)としてもOK???何かおかしいな・・・


調べてみるとこのような理由が・・・

WikiPediaより引用開始

パジャマの語源はヒンディー語・ウルドゥー語のパージャーマー(paayjaamaa पायजामा)である。ただし、これは民族服のズボンのみを指す(上衣はクルター kurtaa कुरता)。その語源はさらに遡り、脚用の衣服を意味するペルシア語の پايجامه(Payjama) から来ている。寝巻きの意味ではインドに駐留していたイギリス人がそういう風に使用し、それが世界中に広まっていったといわれている。

引用終わり

パジャマという言葉は、ペルシア語→ヒンディー語(現在のインドの公用語)→英語と伝わってきたということ。

「パジャマ」が寝間着の意味をもったのは英語から。

インドの言葉「パジャマ」は今でも「民族服のズボン」の意味らしい。

「パジャマを買ってほしい」というのは、「民族服のズボンを買ってほしい」という意味だったようです。

クルタは、民族服の上着です。クルタ・パジャマで「民族服の上下」を指すんじゃないかな?

暑い国の服は着て涼しそう。夏に着ようと思います。

********************


↑母は同じ店でコースターを友達のために買いました。買った後でわかったのですが、色が変わります。




posted by ごっしー at 16:39| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サリーは、パンチカード+機織り機で作っていた。

P1060137.jpg
↑ベナレスは、サリーがみやげとして多く売られています。
サリーを作っているところ。
ハンドメイド。ものすごく柄が細かくて緻密。

P1060139_.jpg
↑柄はこのような穴あきカード決められます。
昔、コンピュータ入力に使われたパンチカードに似ているんだな。

参考:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89

「コンピュータのプログラム入力のようですね」と言ったら、
「そうです、そうです」とここのインド人さんは答えてくれました。
さすがIT産業の国。話が通じる。
posted by ごっしー at 12:03| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ここから仏教が始まった。〜 サルナート 〜

ベナレスの北約10km、サルナートにやって来ました。

大きな地図で見る
↑場所

P1060182.jpg
↑ここは、仏教の開祖シャカが初めて説法を説いた地です。
つまりここから仏教が始まったといえるでしょう。日本の仏教のルーツはここから。


P1060187.jpg
↑この下でシャカが悟りを開いたという菩提樹です。
 ブッダガヤから運ばれてきました。
 

posted by ごっしー at 10:44| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヒンドゥー教の聖地ベナレスとガンジス川

DSC01422_.jpg
↑手こぎボートで川岸を離れます。いざ、ガンジスの流れの中へ!!



↑ボート出発時の動画

DSC01430_.jpg
↑ガンジス川はヒンドゥー教では聖なる川とされています。

DSC01462__1024.jpg
↑朝霧のガンジス

DSC01468_.jpg
↑ガンジス川の水に浸かると(沐浴)罪が清められるなどの理由で、信者が多く巡礼に来ていました。音楽に合わせて集団ヨガを行っている様子が見られました。


↑ガンジス川から見た沐浴場=ガトーの動画です。

DSC01472_1024p.jpg
↑パノラマ写真



↑ま、こんな問題も深刻なんですが。


↑路地裏の牛さん。ここの牛の多くはやせている。


↑ベナレスでガイドさんにサイクルリキシャー(人力タクシー)に乗せてもらいました。
立ちこぎしていて全身運動になっている。運転手さんは大変そう。

posted by ごっしー at 09:00| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

アーグラ→ベナレス おかしいな、昼間の特急のはずがなぜか寝台夜行列車に

DSC01363_1024.jpg
↑タージ・マハルやアーグラ城から15kmほど東にあるトゥンドラ駅へ車で移動しました。やはりトランクはルーフ上にひもでくくりつけ。


↑オートリキシャー(3輪タクシー)を2台追い越す。

P1060055_.jpg
↑ガソリンスタンドがたくさんできている。インドは人口世界一になろうとしている国。
世界の石油、大丈夫かな?枯渇が早まるのでは。




大きな地図で見る
↑宇宙から見たトゥンドラ駅

ベナレスへ行く特急列車に乗るためにこの駅に来ました。
乗る列車到着が大幅に遅れることを聞き、のんびりと駅の風景を撮影しました。

P1060071_.jpg
↑インドは鉄道大国で、多くの人が列車で移動しています。


↑両数がすごい。車両の屋根を見るとエアコン付き車両かどうかわかります。
「駅の掃除係さんは、ホーム上のゴミを集めるのではなく、ホーム下(線路)にはき落としている・・・」と母が言っています。
なるほど、ホーム下は汚いなぁ。いろいろなものが落ちている。
ネズミもいるけれど太っているぞ!!エサに困らないのでしょう。


↑セメント会社の貨物、なんと42両編成!!
上のGoogle Map、tundla駅にも40両以上の貨物列車が写っています。

P1060068_.jpg
↑積み荷は白いから石灰岩??セメントの原料??

P1060099.jpg
↑積み荷は石炭です。


↑石炭を積む貨物列車も両数が多いです。

インドは石炭埋蔵量、世界第4位を誇ります。
インドでは主に西側の州で石炭が採掘されます。


↑これもまた大量に西から東へと貨物列車で運ばれていました。

*********************

<トゥンドラ駅→ムガール・サライ駅、運賃と運行ダイヤ>


大きな地図で見る
577kmの乗車です。

これは東京駅から新神戸駅ぐらいまでの距離です。
日本の新幹線なら2時間50分ほどで(料金14870円)着きく距離ですが・・・・・


DSC01528_.jpg
↑乗る列車の番号は2381
デリー・ジョグバニ間特急
DLI JBN SUP EXPです。

定刻なら
10時32分トゥンドラ駅発
ムガール・サライ駅19時45分着
になるはずです。昼の列車移動ですね。

乗車時間9時間13分
平均の速さは時速63kmとなるはずです。

3等エアコン車で料金は680ルピー=約1380円です。
日本円で考えると格安に感じますが現地の人はどう思うんだろう?

*******************

<トゥンドラ駅→ムガール・サライ駅、列車移動>

DSC01376_.jpg
↑ところが大幅な遅れのため。途中から寝台特急に変わってしまった。
明日のために寝ておこうかな。
3等車両は治安が悪く、車内泥棒がつかまっていました。ドキドキ!!
スーツケースは持って行かれないように座席下にチェーン&南京錠で固定するのが常識です。

実際は、
12時45分トゥンドラ駅発(2時間13分遅れ)

DSC01389_.jpg
↑翌日深夜0時3分ムガール・サライ駅着(4時間18分も遅れました!!
昼の特急のはずが深夜到着っ!!!


乗車時間11時間18分(予定より2時間5分長く乗車)
平均の速さは時速51km
でした。

この程度の遅れはインドの中・長距離列車にはよくあることのようです。
インド鉄道省の名誉のために書きますが、この季節は霧がダイヤを狂わせているのだと思います。

posted by ごっしー at 23:10| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

赤い城 アーグラ城塞

ムガール帝国3代皇帝アクバルが建てたもの



大きな地図で見る
↑場所

DSC01269_.jpg
↑アーグラ城の門・・・・
実際は写真よりも大きく見えました。迫力がありました。
タージ・マハル同様、イスラム建築では門からすごい。手抜きなし!!




↑その動画

DSC01266.jpg
↑建物の多くの部分は赤い砂岩でできています。砂岩は普通もろいはずなのになぁ。



↑その動画


DSC01282.jpg
↑このお風呂に入ったそうな。バラの花を浮かべて。

DSC01303.jpg
↑タージ・マハルを造った皇帝、シャー・ジャハーンが幽閉された部屋。かなり有名な場所。

シャー・ジャハーンは金遣いが荒く、息子によってここに閉じこめられてしまいました。

さて、この部屋から、タージ・マハルを遠望できます。
シャー・ジャハーンはここから、最愛の妻が眠るタージマハルをながめていたのです。
posted by ごっしー at 09:00| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

描き込んでいるのではなく、はめ込んでいるんです。

タージ・マハルの壁面を飾る模様を見てみましょう。

DSC01211_.jpg
↑画像補整で少し彩度を上げ、模様の色を出してみました。

P1060043_.jpg
↑ズームアップ!! 実に美しい模様です。
大理石を削り、そこにルビーやサファイヤなどの貴石をはめ込んだ「象嵌(ぞうがん)細工です。」


タージ・マハル周辺には、象嵌細工職人が代々家業を継ぎながら住んでいます。タージ・マハルが造られたのは、日本では江戸時代徳川家光のころです。そのころから伝統が引き継がれているのです。

DSC01600.jpg
↑おみやげ
タージ・マハルの模様同様に、象嵌細工で作られています。
印鑑ケースにしようと思い、小さいものを買いました。
聞いてみると、
赤はサンゴ、
銀色のキラキラは貝殻。
緑は、孔雀石=マラカイト(炭酸水酸化銅)
茶色は、碧玉=ジャスパー(色づいた石英)


美しい柄で、しかも手の込んだハンドメイド品です。
表面は滑らかになっており、高い技術に驚きました。


DSC01603.jpg
↑同じ柄のコースターと石から作られた幸せの象

お土産屋さん、Akbar Internationalのサイト
posted by ごっしー at 08:30| 富山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界的な建築美 タージ・マハル

ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、奥さんであるムスターズ・マハルのために造りました。完成まで22年かかっています。


大きな地図で見る
↑場所


↑環境保護のため、電気自動車でタージ・マハルの入り口へ行きます。

DSC01156_.jpg
↑南東方向から見た南門(The Great gate)です。
門からしてなかなか凝っていますね。

DSC01159_.jpg
↑真正面から見た南門です。真ん中から入ります。

DSC01161_.jpg
↑門からのぞき見る。


↑門から入ると・・・・・。

DSC01168.jpg
↑ブルー調で写しました。
(ホワイトバランスを変えて撮影)

P1060035.jpg
↑定番の構図です。美しいものは美しい。

DSC01217_.jpg
↑朝霧もまた美しい。柱はミナレットと言います。美しい景観のためにのみ造られました。


DSC01220_.jpg
↑実はなかなか大きいんです。

P1060046.jpg
↑人の大きさと比べてみてください。


DSC01185_.jpg
↑靴カバーを付けて入ります。

DSC01191_1024.jpg
↑タージ・マハルは大理石でできているため、大理石は酸性雨に実際溶かされており、修復工事が行われているそうです。


DSC01203_.jpg
↑イスラム建築では、こんな幾何学模様もいい!!

DSC01175.jpg
↑同じ敷地内東側の迎賓施設(ミフマーン・カーナー)
これはこれで十分立派なデザインの建物だと思います。

感想:全てが美のために造られており、形や、配置など考え尽くされている。無駄なものがない。これは、すごい!!


posted by ごっしー at 08:00| 富山 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月29日

茶色の霧の中をドライブ デリーからアーグラまで

india2.jpg
↑カトマンズから飛行機でインドに戻ってきました。空港に降りる直前、デリーの様子です。飛行機が速すぎて像が流されていますが、光は一つ一つが車のヘッドライトです。
空から見ると、特に幹線道路がけむった感じに見えます。大気汚染物質が浮遊しているのでは?


DSC01090_.jpg
↑デリーのインディラ・ガンジー空港前。ここは早くも3回目。
やはり霧か大気汚染かわからないもやがかかっている。
空気が茶色という感じ。
夜のドライブのスタート地点です。


大きな地図で見る
↑距離は約210kmです。富山市から福井県敦賀市までの距離ぐらいです。

DSC01095_.jpg

↑デリーでの交通渋滞。
前の交差点に信号が無いことがこの渋滞の原因です。

インドの道路整備はまだまだですね。
カトマンズ同様、信号機がとても少ない。

デリーの自動車所持世帯割合は13%(インド2001年国勢調査)
まだまだ車が増える余地あり。今でこんなに混んでいたら、将来どうなるの?



↑そのようなわけで歩行者が渋滞の中横断してくる。

びっくりしたのは、後日このあたりの渋滞箇所で物乞いの人に会ったこと。車に乗っているのに外から物乞いされるとは思ってもいませんでした。
車のガラス越しに、空のミルクびんをもった子ども連れのお母さんが「お金ください」と頼んでくるのです。

インドのカースト制では、カースト(身分)とその人の職業の間に密接な関係があります。
物乞いのカーストがあるということを初めて知ったときはとても驚きました。
カースト制では一生自分の身分は変わりません。
物乞いの人はずっと物乞い。これらの人たちは本人の努力不足で物乞いになってしまったわけではありません。
その運命を背負って生まれてきたということです。

ヒンドゥー教では生まれ変わりの思想があり、現世で今のカーストで一所懸命生きると来世は良いものになると信じられています。

そこでそれぞれのカーストの人がそれぞれの職分の範囲でがんばって生きているようにも見えます。

インドが近年IT産業で世界的に大成長した一つの理由として、これまでIT産業労働者というカースト(身分)が無かったことがあげられます。
数学をしっかり勉強すればカーストにしばられずにIT産業で活躍できる・・・・・そんな思いが若いIT技術者たちにあったのでしょう。

ちなみにパソコンの心臓部であるインテル社のプロセッサーはインド人が開発したものです。


↑オールドデリー?の道はまだまだ整備されていませんでした。
街は古めかしいのですが、携帯電話ショップはそこら中にあります。
インドは農業社会から第2次産業をすっ飛ばして情報産業(IT)を発達させた国です。


↑高速道路2号線に入ります。車は時速90kmほどで快適なドライブです。
途中、ガソリンスタンドがたくさんありました。人口が日本の10倍以上もあるこの国で人々がどんどん自家用車に乗るようになったら、世界の石油資源は早く無くなってしまうのではないかと思いました。まあ中国でもそれを感じましたが。

DSC01110_.jpg

↑道中に見られる店はカトマンズで見たのと同じ一軒の小売店ばかりなのですが、ときどきこのような大型ショッピングセンターも見れられます。

DSC01122_.jpg
↑途中のドライブインです。ここで夕食。

DSC01113_.jpg
↑ガイドさんが注文してくださった豆スープ=ダル。
豆類はインドでは貴重なタンパク源です。
チャパティをちぎってこのスープにひたして食べます。
香辛料がたっぷり使われており、これはスープというより、激辛カレーだな。

DSC01119_.jpg
↑ウェイターさんがもってきた状態。何とスプーンが突き刺してある!!取りやすいしスプーン入れもいらないし、よく考えると合理的かと。

DSC01134_.jpg
↑食事込みで4〜5時間たったでしょうか。今日宿泊するホテルに何とか到着。
目的地のホテル・ガンガ・ラタンの看板が見えたのでうれしくなって、「ガンガ・ラタン!!」とさけびました。
ドライバーさんもうれしくなって、「ガンガ・ラタン」とさけびました。長距離ドライブ、ご苦労様でした。

DSC01139_.jpg
↑さて、一日していたインフルエンザ対策マスクを見ると真っ黒になっておりびっくり。
この黒さ、ただ者ではありません。カトマンズのとき以上です。
写真下の新品マスクと見比べてください。
デリーや高速道路ではものすごくほこりっぽかったからな。
カトマンズではマスクをしている市民が多かったけれど、
インドのみなさんはマスクをしていない。
毎日この空気を吸ったら肺が黒くなってしまうのではと思いました。

インドは現在、経済発展が急ピッチで進められており、環境問題まで手が回っていないようです。

日本も過去に高度経済成長時代があって、そのころは公害が問題になっていました。大都市では空気がとてもわるかったです。

インドは日本が進んできた歴史の道を今通っているのかなと思いました。






posted by ごっしー at 22:39| 富山 | Comment(0) | TrackBack(0) | 北インド、ネパール旅行 2009 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。